新生児はフランス語のu,スペイン語のn,英語のthなど,地球上のすべての言葉にある音を聞き分けることができる。ある音が内耳の蝸牛の有毛細胞を刺激すると,音は電気の波動に変わり,これが脳の聴覚野に伝わる。リレー選手がバトンを手渡すように,耳から皮質までの各ニューロンが次々に電気の波動を伝えていく。ある音が何度も繰り返されると,ヘッブがいったようにこれらの神経をつなぐシナプスの結合が強化される。結果として,thを聞くたびにこのニューロンの経路が反応し,やがてその反応が聴覚野のあるニューロンの集積を刺激して,「thという音を聞いた」という主観的な意識になる。こうしてある細胞ネットワークが,新生児がいつも耳にしている特定の言語の,特定の音に反応するようになる。
もちろん聴覚野のスペースは限られている。ヘッブのいうプロセスによって回路ができあがれば,その回路は決まった音専用になる。いままでのところ,神経科学者はヘッブのいうプロセスが逆転したという事例を知らない。たとえばフィンランド語で育った者がフィンランド語特有の音を聞き分ける能力を失ったという事例は見つかっていない。成人の脳にも可塑性があるという認識が高まってきたので,12歳を超えたら外国語を勉強しても訛なしに話せるようにはならない,という考え方は覆されたが,特別の介入がないかぎり,聴覚野は小見合った郊外住宅の開発のようなものだ。ぎっしりと家が建っていてもう空き地はないから,新しい音にあてる余分の領域はない。
ジェフリー・M・シュウォーツ 吉田利子(訳) (2004). 心が脳を変える サンマーク出版 pp.124-125
(Schwartz, J. M. (2002). The Mind and The Brain. New York: Harper Collins.)
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