言語の発達に関して指導的な権威であるパトリシア・クールが,おもしろい研究結果を発表している。日本人の成人と子どもが音素を聞き分ける能力を調べるため,彼女はさまざまな音のCDを作って,東京にある言語研究所を訪ねた。テストをする前に,彼女はまずCDを日本人研究者に聞かせた。「rake,rake,rake」という音がヤマハの高級スピーカーから流れ出し,パトリシアと同僚たちはいつ音が変わるのだろうと耳を澄ました。CDの音はやがて「lake,lake,lake」に移行した。しかし日本人研究者たちは全員英語が堪能だったにもかかわらず,まだ期待に満ちて耳を澄ましたままだった。lakeとrakeの音の違いがわからなかったのだ。
この違いは脳にある。ある言語の音を聞いて育った子どもたちは,その音専用の聴覚野の回路を形成する。ワシントン大学教授であるクールの地元シアトルでは,子どもたちの脳はrとlは別の音だという経験によってできあがっている。では脳はいつ,そのようにつくられるのか?
クールがテストした生後7ヶ月の日本人の赤ちゃんは,rとlを難なく区別した。だが10か月になると,おとなと同じで聞き分けられなかった。クールがカナダ英語を話す家庭で育った子どもを対象に同じようなテストをしたときも,同じ結果が出た。生後6ヶ月の赤ちゃんは,日常的には聞いたことのないヒンズー語の音の違いを聞き分けることができた。だが12か月になるともう聞き分けられない。6か月から12か月のあいだのどこかで,赤ちゃんの脳には「使わないとすたれる」というシナプス刈り込みのプロセスが始まるのだろうとクールは考えている。聴覚野は,日常聞くことのない音素に対する知覚力をなくす。だから思春期を過ぎてから外国語の勉強を始めた子どもは,めったにネイティブのように話せるようにはならないのだろう。
ところで,逆もまた真なのである。よく使われる結合は強化され,神経回路の永続的な要素になる。新生児の脳では毎日,何百万もの結合がつくられている。見るもの,聞くもの,感じるもの,味,匂い,すべてが新生児の脳の回路を形成する可能性をもっている。脳の回路は文字どおり経験によってできていく。光景,音,感情,思考が皮質の神経回路に痕跡を残し,その痕跡がある場合とない場合では,未来の光景,音,感情,思考,その他のインプットや精神活動の体験が変化する。幼児の場合,毎日聞いている音素がその音に対応する聴覚野のシナプスを強化するのだろうとクールは考えている。
ジェフリー・M・シュウォーツ 吉田利子(訳) (2004). 心が脳を変える サンマーク出版 pp.125-126
(Schwartz, J. M. (2002). The Mind and The Brain. New York: Harper Collins.)
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