そこでリベットは,意志がほんとうはいつ現れるかを実験で確かめようとした。最初は,意志の始まりを測定するのは「不可能」だと思われた。だが,いろいろと考えたあげく,リベットは被験者を椅子に座らせ,動かそうという意志を認識した瞬間の時計の秒針の位置を見てもらった。ここで問題になっているのは1秒よりも短い時間だから,ふつうの秒針では役に立たない。もっと速いものが必要だ。彼は秒針の代わりにオシロスコープの光の点の動きを使うことを思いついた。光の点は秒針のように,だが秒針よりも25倍速く回る。オシロスコープの1目盛りは40ミリ秒ということになる。
こんなに速い光の点の動きを追うのは難しいかと思われたが,リハーサルをしてみるとリベット自身も含め被験者はかなり正確に目盛りを読み取ることができた。被験者に弱い電気ショックを与えて,光の点はどの目盛りを指していたかと尋ねると,50ミリ秒以内の誤差で読み取ることができたのだ。「これで準備は整った」とリベットは言う。
リベットの指示に従って,5人の被験者が魂か何かの赴くままに手首を動かした。同時に,動かそうという意志を初めて意識したとき,オシロスコープの光の点が目盛りのどこにあったかを報告した。リベットは被験者自身の報告と,同時に測定していた準備電位とを比較した。40回の実験結果の解釈は簡単ではなかったにしても,関連性ははっきりとみられた。準備電位は筋肉の動きのほぼ550ミリ秒前に現れた。行動しようという決断が意識されるのは,運動の100ミリ秒から200ミリ秒前——準備電位が現れてから350ミリ秒あとだった。準備電位(無意識),決断(意志),行動という順序になる。
こうしてリベットは,リチャード・グレゴリーの有名な「しないという自由意志」にあたる自由意志の存在を初めて実験的に確かめたのだった。ちょっと考えると,動かそうという意志より前に準備電位が検出されれば,自由意志は葬り去られるのではないか,という気がする。動きにつながる脳の活動は,被験者が動かそうという意志的な決断をしたと思う時点より前に始まっているからだ。この実験結果から考えると,ニューロンの信号という列車はほんとうに駅を出てしまっている。自由意志が存在するとしたら,乗り遅れた客のように,「待ってくれ!待ってくれ!」と叫びながら線路の脇を走っている状況だろう。
ジェフリー・M・シュウォーツ 吉田利子(訳) (2004). 心が脳を変える サンマーク出版 pp.334-335
(Schwartz, J. M. (2002). The Mind and The Brain. New York: Harper Collins.)
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