ヨーロッパのさまざまな港には大量の通信文書が残されているが,なかでもイタリアのリヴォルノの港で発見された,成功したダイヤモンド商人のユダヤ人の手紙が興味深い。このユダヤ人の名はエルガス=シルヴェラ貿易商会のアイザック・エルガスといい,彼は得意先から,インドの有名なゴルゴンダ鉱山のダイヤの注文を受けた。18世紀のリヴォルノのユダヤ人貿易商について研究したイタリアの学者フランチェスカ・トリヴェラートによると,こうした顧客の注文は,「かくかくしかじかのダイヤを」というように,きわめて具体的だった。
私がiPodをアップル社に注文したように,ダイヤを手に入れたいイタリアの顧客は,エルガス=シルヴェラ商会に現金で前金を支払った。インドのダイヤ商人たちはイタリアの通過リラには関心がなかったため,エルガス=シルヴェラ商会は,現金の代わりに地中海産の珊瑚のネックレスを船でインドへ送りつけた。イタリアの顧客の中でも幸運な者は,モンスーンが終わる前に注文を出すことができた。代金替わりの珊瑚のネックレスは,まずイギリスやオランダの船でリスボンに送られ,そこから厚い鋼板で覆われた大型の帆船に積み替えられて,まる1年かけてゴアに辿り着いた。ゴアにあるインド人の貿易商社は,珊瑚の市場価格を見定めてそれに見合うさまざまなサイズと品質のダイヤを送り返した。すべてが順調に運べば,つまり船が嵐で沈没するようなことがなければ,イタリアの注文主は1年か2年後に確実にダイヤを受け取ることができたのである。
ナヤン・チャンダ 友田錫・滝上広水(訳) (2009). グローバリゼーション:人類5万年のドラマ(上) NTT出版 pp.115-116
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