マイケル・ポーターという有名な経営学者が来日したときに,官庁関係の講演会で話をしました。そこで彼は,生産性向上の成功例として,カリフォルニアワインを挙げたのです。評価の低かった米国産ワインですが,人手をかけ品質を向上させることで,ものによってはフランス産と同等以上のブランドを得ることに成功し,値上げができた。そのことが付加価値額を増やし,これにかかるヒトでの増加をも打ち消して生産性を高めたというわけです。
私はそのときの講演録を読んだことがあるのですが,質疑応答のところをみると日本側の偉い人からずいぶんとんちんかんな質問が出ていました。その方を含めた聴衆の多くが生産性や付加価値の定義を確認しておらず,「生産性というのは技術革新で人手がかからないようにすることによってのみ,つまり労働力を減らすことによってのみ向上するものだ」と信じ込んでいたために,そもそもハイテクとは程遠いワイン産業が生産性向上の典型例として出てきたことがなぜなのか,理解できていなかった。「人手をかけブランドを上げることでマージンを増やし,付加価値額を増やして生産性を上げた」というポーターの説明が伝わらなかったのです。ポーターにしてみれば,聴衆の中の偉い人までもが生産性の定義を誤解しているとはまさか思わないので,これまた何を聞かれたのかもわからずにトンチンカンな答えを返していました。国内だけに存在する「空気」に染まってモノを考えていると,国外にまったく通用しなくなってしまうという現象が,典型的に露呈した場でした。
こほどさように,日本では生産性向上といえば人員削減のことであると皆が信じ込んでいます。ところがお気づきでしょうか。生産年齢人口の減少に応じて機会化や効率化を進め,分母である労働者の数を減らしていくと,分子である付加価値もどうしてもある程度は減っていってしまうということを。付加価値の少なからぬ部分は人件費だからです。
藻谷浩介 (2010). デフレの正体:経済は「人口の波」で動く 角川書店 pp.150-151
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