改めて言うまでもなく「著作権」とは,本屋CD,DVDなどの海賊版を作って儲ける輩を取り締まるために先達が編み出した概念である。その考え方の基本は,あのベルヌ条約が創設された明治時代から現代に至るまで,ちっとも変わっていない。
そして,筆者が最も得意とする表現方法である「ルポ」(ルポルタージュ)とは,一見,無駄とも思えるような現場取材を地道に積み重ね,事実をひとつひとつ検証していった結果,発見や感動と出会い,ようやく書く(=創造する)ことができるという,これまた先達が編み出した技だ。調査報道には打ってつけの手段であり,実はこの本自体が「ルポ」でもある。
とはいえ,「ルポを書く」という営みは「非効率の極みの作業」と言えなくもない。実際,成果を上げることができぬまま,徒労に終わる仕事も決して少なくない。
でも,うまくいけば問題解決のための緒や突破口を探り当てることさえある。稀にそんなことがあるから,いまだルポライターを辞めることができないでいる。「営み」というより「趣味」に限りなく近いかもしれない。
そんなわけで,ルポを書く「ルポライター」という職業はちっとも儲からない。なのえ,カミさんからはよく叱られる。これからの若い人達にはなかなかお勧めしづらい仕事の代表格と言えるかもしれない。
だが,そんな他人の苦労をあっけらかんと踏み台にし,無断で勝手にその成果(=本)だけをスキャンして,手前の商売に利用しようとする——。これが,ここまでの取材を経て筆者がたどり着いた,「グーグルブック検索和解」の定義である。
したがって,筆者から見た「グーグルブック検索和解」事件とは,インターネットとデジタル技術を悪用した「海賊版事件」以外の何ものでもない。喩えてみれば,すわ「黒船襲来」かと思ってよくよく見たら,船に乗っていたのは「海賊」だった——といったところだろうか。
明石昇二郎 (2010). グーグルに異議あり! 集英社 pp.79-80
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