事件報道において,できるだけ短時間の取材で,分かりやすく,多くの人に読んだり視聴したりしてもらえる記事を作るためには,「善玉」「悪玉」をはっきりさせるのが効率的です。違法か合法か,つまり善玉か悪玉かについての当局の判断を,読者や視聴者がそのまま受け入れてくれるのが,最も合理的なのです。
それゆえ,善悪の評価が難しいようなややこしい話は,新聞,テレビでは敬遠されがちです。このことが,複雑な背景で起きている事件を単純化し,「法令を遵守しなかったから悪い」「法令遵守さえ徹底すれば良い」ということで片付けてしまう傾向を助長しています。
この報道姿勢は,自身のリスクを軽減するという意味で最も賢いやり方です。事件報道は,個人や企業の社会的評価や信用を失墜させますから,報道内容への抗議や,場合によっては名誉毀損で訴えられるリスクを伴います。また,大企業は有力な広告主だったりしますから,企業側から反感を買えば広告収入を失うリスクもあります。
一連のリスクを最小限にするのが,当局の判断に追従するというやり方です。当局の判断をそのまま報道しているのであれば,訴訟で賠償を命じられるリスクは全くありません。さらに,不祥事を起こした企業への社会的非難が極端に高まっている場合であれば,どれだけ企業を叩こうが広告収入を失う懸念はなくなります。
郷原信郎 (2007). 「法令遵守」が日本を滅ぼす 新潮社 pp.120-121
PR