英国では,特に世襲を禁止する法律はない。また,同一選挙区から何親等以内の親族の立候補を制限する,というような世襲制限法の類もない。それなのに英国で二世政治家が生まれにくいのは,木原が指摘するように英国には候補者決定に当たって,公募方式の厳しい選定プログラムが存在するためだ。保守党,労働党と政党によってプログラムは異なるが,大体は次のようなものである。
まず,立候補希望者は,政党の地方支部や中央指導部に立候補の意思を表明する。すると,地元の選挙エージェントが希望者たちと面接を行う。そこで,政治家としての資質が認められ,見込みがあるとされると,今度は選挙区の選抜委員会が彼ら,彼女らの経歴などを精査する。それに基づいて,推薦リストが作られる。次に選挙区指導部が複数の立候補希望者を面接した上で,人数を絞り込む。ここまできてもまだ候補者は決まらず,次に待っているのが予備選だ。
立候補希望者たちは,選挙区内の党員の前で演説を行い,それを聞いた党員による投票と審査が行われる。ここでようやく推薦リストに記載される候補者が決まる。だが,この後も,最終的に該当選挙区の当公認候補者になるまでには数回の選抜ハードルが待っている。
「選択」(05年12月号)では,具体的な候補者選定の方法を紹介する記事が掲載されている。該当記事「『世襲政治家』産まぬ英選挙事情」の扱っているある選挙区のモデルケースを見てみよう。
下院選挙区の立候補を希望するある保守党員が,当公認を得るための準備を始めた。それは前回の下院選挙が終わった直後のことだ。
同選挙区からの立候補を希望する者は200人を超えている。党支部が書類選考で10分の1に絞り,18人の合格者を「ショートリスト」に載せた。次に1次面接を行い8人に絞り,さらに党幹部による面接で4人に絞った。この4人は「ファイナル・ショートリスト」に氏名が登載される。
次に,この4人に待っているのは,選挙区の1000人の党員の前で行なわれる立会演説だ。演説後,200人の党員による秘密投票が実施され,公認候補1人が決定される。
また,演説とはいうものの,それは一方通行ではない。参加した党員からは容赦ない質問が飛ぶ。現政権の医療政策,環境問題,外交関係——といったように多岐にわたるのだ。
道理で,英国議員の演説能力が高いわけである。
上杉隆 (2009). 世襲議員のからくり 文藝春秋 pp.124-126
PR