個人差を無視した人間一般の脳の研究では,脳に関する知見は増えても,個別の状況の判断は間接的にしかおこなうことができない。一方,認知能力の個人差の原因を脳科学として探ることで,現実世界の問題に脳科学が応用できる大きな可能性が見えてくる。たとえば,記憶のメカニズムを調べるには被験者集団の平均から探ることは有効だが,記憶力の良さの秘密を解明するにはそれは適していない。現実に記憶力を向上させるという目標に向けて脳科学の知見を応用しようとした場合,記憶力が良い人は何が違うのかを直接調べることのほうが,実際にどうしたら記憶力が良くなるかなどの対策を考える上で有効である。
個人差に基づいた研究のもう1つの魅力は,我々人間にとって素朴な疑問である「自分の脳は他人の脳とどう違い,どのような特徴があるのか」という問いに答えることができるということだ。このような個人差の脳基盤を理解することで,個人の能力や将来の行動のパターンを脳構造から予測することが可能になると考えられる。
金井良太 (2010). 個性のわかる脳科学 岩波書店 pp.33-34
PR