グローバリゼーションの「影の部分」は1989年の新聞記事に最初に出てくるが,この「影」に関する記事は1990年代のグローバル化の進展とともに当然のごとく取り上げられるようになり,2000年にピークに達した。よく言われるグローバリゼーションの弊害の1つは,低賃金国へのオフショアが進む先進国の失業問題だ。オフショアリングのインパクトはアメリカばかりでなく日本にも波及し,1985年9月22日のプラザ合意は日本円,ドイツマルクの対米ドル切り下げで一致。その結果,かつてない円高が進行し,日本の主要輸出業者は生産ラインのオフショアに移行せざるをえなくなった。日本産業のグローバリゼーション・プロセスは「バンブー(空洞)効果」と呼ばれて知られるようになり,生産活動は竹の節のように空洞化し,日本国内にあるのは本社の抜け殻だけになった。労働者は日本独特の慣行で別の職場に吸収されたが,日本では初めてグローバリゼーションが失業や労働時間短縮の恐怖となって現れた。
ナヤン・チャンダ 友田錫・滝上広水(訳) (2009). グローバリゼーション:人類5万年のドラマ(下) NTT出版 pp.136-137
PR