しかし,ここで重要なのは事実や数字ではない。問題の本質は,経済学的というより心理学的なアプローチを必要としていることだ。もっと重要なのは,政治経済学者のデイヴィッド・ロスコプフが指摘したように,大部分の仕事がインドや中国にアウトソーシングで消えたのではなく,消えた仕事は「過去へアウトソースされた」のだ。仕事の消滅は新しい技術の出現が原因であって,外国人労働者が仕事を奪ったのではない。たとえば,多くのオフィスは受付係をなくし,代わりに音声案内を設置し,航空会社はチケット取扱い業務にコンピュータのオンライン予約システムを導入した。
この現象はヨーロッパやアメリカばかりでなく日本や韓国でも同様に起きている。韓国の戦闘的な労働組合は常に大企業と対決し,庶民派の政治家に投票する。西側諸国の政治家は中産階級の不安の声を代弁し,政治的な得点を挙げるために失業を政治問題の焦点に据える。サービス業でアウトソーシングの影響を受けた人びとは,ほとんどが政治的に影響力を持つ事務職系労働者で,彼らの不平不満は社会に広く聞き入れられる。プリンストン大学の経済学者アラン・ブラインダーが警告しているように,これまでオフショアリングの衝撃をもろに受けてきた声なきブルーカラー労働者たちとは違い,「失業者の新たな中核となった人びと,特に高学歴層の出身者たちは,現状に甘んじたまま何も言わず黙っていることはないだろう」。
ナヤン・チャンダ 友田錫・滝上広水(訳) (2009). グローバリゼーション:人類5万年のドラマ(下) NTT出版 pp.197
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