ハーバードのコア科目は必修というだけでなく,学校側にとっては学校の「思想」「哲学」を体現したもの,と言える。学生は皆,全授業時間の少なくとも4分の1はコア科目を履修しなくてはならない。その背後には,ハーバードに来たものは全員が偏りのない教養を見に着けるべき,という思想が隠されている。コア科目は,外国文化,歴史,道徳,数学,科学,社会,などの分野に分かれている。その理念は確かに素晴らしいのだが,コア科目の実態は,その崇高な理念からはほど遠い。誰一人,その科目に関心を持って履修するわけではないために,授業の内容はどうしても「最大公約数的」なものにならざるを得ないからだ。たとえば,歴史学など,人文科学系の講座では,民間伝承や神話などを学ぶ,というくらいで深く専門的なことを学ぶような講座はない。講義中,ほとんどの時間を寝て過ごす学生も多くなってしまう。そういう人文科学系の講座は,ふざけて「ギークのためのグリーク[グリーク=Greekにはギリシャ語,という意味と同時に,理解できないもの,という意味がある]」などと呼ばれることもある。反対に,物理学の初歩を学ぶような講座は,「詩人のための物理学(Physics for Poets)」と呼ばれる。人類学系の風変わりな講座がいくつもあるが,どれも浮世離れし過ぎていて,実生活にはほとんど,いや,まったく役立ちそうもない。コア科目があるために,ハーバードの卒業生のほとんど全員が,ヤノマミ族を扱った講座を少なくとも1つは受ける。ヤノマミ族は,アマゾンの熱帯雨林で今でも石器時代さながらの生活をしている気性の激しい少数部族である。ハーバードの卒業生の中には,政治学や数学のことはよく知らないという者もいるが,ヤノマミ族について尋ねれば,彼らの気性が激しいこと,部族内で抗争がよく起きること,長い棒で戦うこと,派手なピアスをつける風習があること,そのピアスは,ハーバードスクエアのスケー度ボード場でたむろしている連中よりもすごいことなどは全員が知っている。
ベン・メズリック 夏目大(訳) (2010). facebook:世界最大のSNSでビル・ゲイツに迫る男 青志社 pp.54-55
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