脳には生まれつき盲点が,それも視覚的盲点と心理的盲点がある。脳が仕掛けてくる最高に巧妙なトリックのひとつが,自分にだけは盲点などないといううれしい錯覚を本人に与えることだ。不協和理論とは,ある意味では,盲点の理論であり,人はどのようにして,そしてなぜ,自分の行動や思いこみの是非を問いかけてくれたはずのたいせつな出来事や情報に気づかないように目を閉じてしまうのかを考えるものだ。確証バイアスだけでなく,脳にはほかにも自分かってな習慣が備わっていて,そのせいで私たちは自分の感じかたや意見が正確で現実的で公平なものだと正当化できてしまう。社会心理学者のリー・ロスはこの現象を「幼稚なリアリズム」と呼んだ。自分が事物や現象を「まさしくあるがままに」明確に感知していると思いこむ,誰もが逃れられない現象だと彼は言う。私たちはまともな人ならば誰でも自分と同じように物事を見ていると思いこんでいる。意見が食い違うならば,彼らにはきちんと見えていないのだ。幼稚なリアリズムでは,ふたつの想定によって論理の迷路ができてしまう。ひとつ,偏見のない公正な人は正しい意見に同意すべし。ひとつ,私が理屈に合わない意見をもつはずがないから,私の意見はすべて理屈に合っているはずである。だから,私の意見に反対する者でも,ここに連れてきて話を聞かせて物の道理をわからせれば同意させられるはずだ。同意しないならば,彼らに偏見があるからに違いない——。
キャロル・タヴリス&エリオット・アロンソン 戸根由紀恵(訳) (2009). なぜあの人はあやまちを認めないのか:言い訳と自己正当化の心理学 河出書房新社 pp.58-59
(Tavris, C. & Aronson, E. (2007). Mistakes Were Made (but not by me): Why We Justify Foolish Beliefs, Bad Decisions, and Hurtful Acts. Boston: Houghton Mifflin Harcourt.)
PR