こうした研究は,背筋の寒くなるような結果を意味している。自尊心の高い加害者プラス無力な被害者,出てくる答えは暴力のエスカレーションである。こうした暴力性は,たとえば加虐趣味者(サディスト)や精神病質者(サイコパス)といった,異常な人間だけのものではない。ごくふつうの人間,つまり子どもがいたり,恋人がいたりする人々で,みんなと同じように音楽や食事やセックスや噂話を楽しむ「文明的な」人々も暴力性を発揮できるし,事実,発揮している。これは社会心理学で完璧に認識されている知見のひとつであるが,私たちの多くにとってはもっとも受け入れがたい事実でもある。「殺人や拷問をやった者と私のどこに共通点があるのだろうか」という多大な不協和が生じるからである。やつらは邪悪でどうしようもない連中だと考えたほうがずっと気持ちが休まるというものだ。私たちは誰も戸口で彼らの姿など見かけたくないと思う。そんなことになったら,新聞連載漫画の主人公ポゴが言った有名な科白,「敵に出会ってみたら,それは自分たちだった」という恐ろしい真実に直面してしまうかもしれない。
キャロル・タヴリス&エリオット・アロンソン 戸根由紀恵(訳) (2009). なぜあの人はあやまちを認めないのか:言い訳と自己正当化の心理学 河出書房新社 pp.263
(Tavris, C. & Aronson, E. (2007). Mistakes Were Made (but not by me): Why We Justify Foolish Beliefs, Bad Decisions, and Hurtful Acts. Boston: Houghton Mifflin Harcourt.)
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