近代の遺伝学的予測の物語は,1922年生まれの2人の人物によって幕を開ける。ヴィクトリア朝の博識家サー・フランシス・ゴルトンと,オーストリアの修道士グレゴール・メンデルだ。科学的予測の方法は基本的に2通りある。1つは,過去のデータに統計的パターンを探し,それが続くと予測する。これはサー・ギルバート・ウォーカーはエルニーニョ現象のパターンを見つけるのに使った方法であり(ただし,この場合の予測はかなり難しいことがわかったが),とくに財政金融学でよく用いられている。科学者は予測したあと因果関係の説明を求めて過去にさかのぼることがあるが,そうすると,一見もっともらしいが単純すぎる,あるいは間違っている説明を押しつける危険がある。もう1つは,物理的原理から引き出される数学モデルを用いる方法だ。メンデルの研究の基礎は,最も単純な形質を調べることだった。その研究は当時ほとんど知られていなかったし,評価もされていなかった——ゴールトンはあとから知ったが,あまり注意を払わなかった——が,最終的に一種の生命物理学につながっている。人間の知性のような複雑な形質に関心を抱いたゴルトンは,データ主導アプローチのパイオニアとなった。彼の研究はそのようなアプローチの,効果のみならずリスクまでも示す好例である。
デイヴィッド・オレル 大田直子・鍛原多恵子・熊谷玲美・松井信彦(訳) (2010). 明日をどこまで計算できるか?「予測する科学」の歴史と可能性 早川書房 pp.194
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