正統派経済理論がこれほど打たれ強いのは,ほかに負けない——ほかの方程式の将来予測やリスク評価の出来もたいして変わらないという意味で——うえに,適応性が高いからだ。基礎理論をもっと精巧に練り上げることで,体系はそのままにして欠点を修正する試みが行なわれている。たとえば行動経済学の分野は,損失回避のような心理学的影響に取り組んでいる。金融資産の所有者は自分が支払った金額より安く売ることを嫌うので,下落したあと売ることに抵抗する。したがって,価格は下がる途中で「膠着」する傾向がある。投資家心理をパラメータ化して組み込むことで,このような行動への影響に適応するようにモデルを多少改良して調整することはできるが,それでも投資家1人1人は決まった選好や嗜好を持っているものとして扱われる。そのような調整によって投資家は合理的であるという条件が緩和されるのは確かだが,それでも投資家は合理的にモデル化できることが前提になっているのだ。したがって,経済は社会的過程であって法則に還元することはできないという,根本的な問題には取り組んでいない。
デイヴィッド・オレル 大田直子・鍛原多恵子・熊谷玲美・松井信彦(訳) (2010). 明日をどこまで計算できるか?「予測する科学」の歴史と可能性 早川書房 pp.275-276
PR