また,チンパンジーの観察からわかったことだが,類人猿の顎にとっても,手を加えていない肉は食べにくい。獲物の肉を懸命に噛むが,それでも消化されなかった肉片が糞のなかに混じることがある。この重労働と非効率のためか,ふだんつねに旺盛な食欲を示す肉をあえてあきらめることもあるくらいだ。1,2時間噛んだあと,残った肉を捨てて休息したり,代わりに果物を食べたりする。ウガンダ,キバレ国立公園内のカニャワラのチンパンジーは,ときに獲物の筋肉に歯を立てることもなく,肉食の機会をみずから放棄してしまう。私は一度,ジョニーという名のチンパンジーがそうするのを見たことがある。いつもはオナガザル科のアカコロブスを盛んに狩っていて,このときも動物性タンパク質に飢えていたようだったが,幼いアカコロブスを1匹殺し,地上におろして腸だけ食べると,死体をほかのチンパンジーの目につかないところに放置した。そしてすぐ木の上に戻り,たちまち別の幼いアカコロブスを捕まえて同じことをくり返した——地上におろし,腸を食べ,残りを放っておいた。
リチャード・ランガム 依田卓巳(訳) (2010). 火の賜物:ヒトは料理で進化した NTT出版 pp.117
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