なぜなら,生のものを食べるのには時間がかかりすぎるのだ。大型類人猿からその時間を推定してみよう。彼らはたんに体が大きいことから——体重30キロ(66ポンド)以上——多くの食物を必要とし,咀嚼の時間も長くかかる。タンザニアのゴンベ国立公園にいるチンパンジーは1日に6時間以上,食物を噛んでいる。食物のほとんどが熟した果物であることを考えると,6時間は長いと思われるかもしれない。たしかにバナナやグレープフルーツはたやすく呑みこめるので,チンパンジーは近くに住む人間が作った果樹園をよく襲う。しかし,野生の果物は栽培種よりはるかに不便だ。森林の果物の果肉は物理的に固いことが多く,皮や膜や毛をまず取り除かなければ食べられない。果肉が皮や種から完全に離れ,価値ある栄養素を吸収できるほどつぶされるまでに長い時間がかかる。チンパンジーにとって次に重要な食物である葉もやはり固く,小さくして効率よく吸収するために長時間噛まなければならない。ほかの大型類人猿(ボノボ,ゴリラ,オランウータン)も同じく,食物を噛むのに長い時間を費やす。霊長類では咀嚼に費やす時間が体の大きさと相関しているので,ヒトが大型類人猿と同じ食物を生で食べる時に要する咀嚼時間を見積もることができる。それは控えめに言って1日の42パーセント,12時間起きているとして5時間あまりだ。
リチャード・ランガム 依田卓巳(訳) (2010). 火の賜物:ヒトは料理で進化した NTT出版 pp.137-138
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