政治空間の基本は,敵を殺して権力を獲得する冷酷なパワーゲームだ。それに対して貨幣空間では,競争しつつも契約を尊重し,相手を信頼するまったく別のゲームが行われている。人間社会に異なるゲームがあるのは,富を獲得する手段に,(1)相手から奪う(権力ゲーム),(2)交易する(お金儲けゲーム)という2つの方法があるからだ。
政治空間の権力ゲームは複雑で,貨幣空間のお金持ちゲームはシンプルだ。誰だって難しいより簡単なほうがいいから,必然的に貨幣空間が政治空間を侵食していく。この傾向は,中間共同体ではとても顕著だ。
中間共同体とは,PTAや自治会,会社の同期会のような「他人以上友だち未満」の人間関係の総称だ。日本や欧米先進諸国では,貨幣空間の膨張によってこうした共同体が急速に消滅しつつある。PTA活動や自治会活動は面倒臭いから,お金を払ってサービスを購入すればいい,というわけだ。
中間共同体が消えてしまうと,次に友情空間が貨幣に侵食されるようになる。友だちというのは,維持するのがとても難しい人間関係だ。それによくよく考えてみれば,たまたま同級生になっただけの他人が,思い出を共有しているというだけで,自分にとって「特別なひと」になる合理的な理由があるわけではない。だったら友だちなんていなくても,貨幣空間の人間関係(スモールワールドのネットワーク)があれば充分だと考えるひとが増えてきたのだ。
橘玲 (2010). 残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法 幻冬舎 pp.144-145
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