9歳のエリザベスは,初めての体操競技会に向かうところだった。すらりとして,しなやかで,エネルギッシュなからだは体操選手にぴったりだったし,本人も体操が大好きだった。もちろん,競技に出場することにちょっと不安はあったが,体操は得意なので,きっとうまくできると思っていた。入賞してリボンをもらったら部屋のどこに飾ろうかしら,なんてことまで考えていた。
最初の種目は床運動で,エリザベスは1番目に演技した。なかなかすばらしい演技だったが,途中で採点方法が変わったりして,入賞をのがしてしまった。他の種目でも健闘したが入賞には手が届かず,1日を終えてリボンをひとつももらえなかったエリザベスはすっかり落ちこんでしまった。
あなたがエリザベスの父(母)親だったどうするだろうか。
(1)お父さんはおまえが一番うまいと思う,と言う。
(2)おまえがリボンをもらうべきなのに判定がおかしいのだ,と言う。
(3)体操で勝とうが負けようがたいしたことではない,と慰める。
(4)おまえには才能があるのだから次はきっと入賞できる,と言う。
(5)おまえには入賞できるだけの力がなかったのだ,と言う。
今の社会では,子どもの自尊心を育むことの重要性ばかりが強調され,さかんに子どもを失敗から守りなさいと言われる。そうすれば,そのときは子どもを落ちこませずにすむかもしれないが,長い目で見た場合には弊害が出てくるおそれがある。なぜだろう。
では,先ほどの5つの反応を,マインドセットの観点からとらえて,そこに潜むメッセージに耳を傾けよう。
1つめ(お前が一番うまいと思う)は,そもそも本心を偽っている。一番でないことは,あなた自身よくわかっているし,子どもだって知っている。こんな言葉をかけても,挫折から立ち直ることもできなければ,上達することもできない。
2つめ(判定がおかしい)は,問題を他人のせいにしてしまっている。入賞できなかったのは本人の演技に問題があったからで,審判のせいではない。わが子が,自分の落ち度を他人になすりつける人間になってもいいのだろうか。
3つめ(体操なんてたいしたことではない)は,少しやってみてうまくできないものは,ばかにしてかかることを教えている。子どもに伝えたいのはそんなメッセージだろうか。
4つめ(おまえには才能がある)は,この5つの中でもっとも危険なメッセージかもしれない。才能がありさえすれば,おのずと望むものに手が届くのだろうか。今回の競技会で入賞できなかったエリザベスが,どうして次の試合で勝てるだろうか。
5つめ(入賞できるだけの力がなかった)は,この状況で言うにはあまりに冷酷な言葉のようにも思われる。あなたならそんなふうには言わないのではないだろうか。けれども,しなやかマインドセットのこの父親が娘に言ったのは,そういう趣旨のことだった。
実際にはこう言ったのだ。「エリザベス,気持ちはわかるよ。入賞めざしてせいいっぱい演技したのにだめだったのだから,そりゃ悔しいよな。でも,おまえにはまだ,それだけの力がなかったんだ。あそこには,おまえよりも長く体操をやっている子や,もっとけんめいにがんばってきた子が大勢いたんだ。本気で勝ちたいと思うなら,それに向かって本気で努力しなくちゃな」
キャロル・S・ドゥエック 今西康子(訳) (2008). 「やればできる!」の研究:能力を開花させるマインドセットの力 草思社 pp.174-176
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