ここで,ふつうの人びとの生活について考えてみよう。わたしの母は長年秘書をしていて,秘書になる前にタイピングを習った。数か月の練習で,1分に70単語をタイプできるようになったが,そこで壁にぶつかり,秘書をしているあいだにそれ以上伸びることはなかった。理由は単純だ。このスピードが仕事にありつける水準で,ひとたび働きはじめてしまうと,上達することが大事であるとは思えなくなったからだ。タイプしているときは,べつのことを考えていた。
これがほとんどの人のやり方だ。自動車の運転などといった新しい課題を習うときは,技術を身につけるために集中する。最初は時間がかかるしおぼつかないし,動作が意識的に制御される。だがなじむにつれて技術は潜在記憶に取り入れられ,あまり考えなくなってしまう。ハンドルを握ってほかのことに関心を向け,運転する。これが心理学者の言う「自動性」だ。
マシュー・サイド 山形浩生・守岡桜(訳) (2010). 非才!:あなたの子どもを勝者にする成功の科学 柏書房 pp.105-106
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