“霊媒”という用語が普通の言葉になった。“敏感者”という言葉もそうだった。これは幽界,境界領域,霊界,第七天など,死者たちが甦りの機会を待ってさまよう霧の王国からのメッセージに異常に敏感な者のことである。
プロの霊媒や占い師が新聞に広告を出し,表にかかげ,自宅の客間に客を誘った。《ゾイスト》,《ライト》,《バナー・オブ・ライト》といった,増大する心霊術信奉者のために創刊された新聞には,毎日のように新たな定期購読の申し込みがあった。
ことに1850年代のアメリカは,何かにとりつかれたようだった。心霊主義新聞の主張によれば,少なくとも二百万の健全な市民が信奉者であり,その数はヨーロッパの1.5倍にのぼるはずだった。その多くが,みずからも死者と話したことがあると信じていた。もちろん,誰もがフォックス姉妹のように,壁の奥から霊を呼び出す才能を持っていたわけではない。だが,新たに大流行している“テーブル傾斜”なら,たいていの人びとが行なえた。
何人かが集まって1本脚のテーブルを囲んで座り,手をふちのあたりにかまえて,指先がぎりぎり表面に触れるくらいにし,テーブルが質問に答えてガタガタと動くのを見守り,物体を動かす霊の力に思念を集中するのだ。
デボラ・ブラム 鈴木 恵(訳) (2010). 幽霊を捕まえようとした科学者たち 文藝春秋 pp.37-38
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