とても不思議なことに,高く登るほど,他の峰が見えるようになるのだ。これは,高い位置に立った人にしかわからないことだろう。ああ,あの人は,あの山を登っているのか,その向こうにも山があるのだな,というように,広く見通しが利くようになる。この見通しこそが,人間にとって重要なことではないだろうか。他人を認め,お互いに尊重し合う。そういった気持ちがきっと芽生える。
だから,なにか1つの専門分野を極めつつある人は,自分とは違う分野についても,かなり的確な質問ができるし,有益なアドバイスもできる。僕はまだよくわからないけれど,大学の先生という職業が成り立っているのは,こういう原理だと思える。小中高までの先生が,広い知識を持った人であるのとは対照的だ。それは,研究というものに対する姿勢というのか,分野を越えて通用する普遍的な手法,あるいは精神が存在するためかもしれない。
森博嗣 (2010). 喜嶋先生の静かな世界 講談社 pp.290
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