そのような森はいくらでもある。メリーランド州のカトクティン山脈国立公園,ヴァージニア州のシェナンドーア国立公園,テネシー州のグレートスモーキー山脈国立公園,はるかコロラド州のロッキー山脈国立公園まで行ったとしても,シカやワピチの群れが何者にも邪魔されず,森の次世代を担う若木を食べているのに気づいただろう。あるいは,この分野の研究者を訪ねてみれば,彼らは陰鬱な顔で,急増するシカの群れと消えつつある生物との関係を語っただろう。消えていく生物には,ランから昆虫,ベイスギ(レッドシーダー),アメリカクロクマまでもが含まれる。大西洋や太平洋を越えた先の,北半球,南半球,西欧,アジア,ニュージーランド,日本へ行っても,シカが急激に増え,森林が荒廃していることに気づいたにちがいない。シカの仲間——オジロジカにオグロジカ,シトカジカ,ダマジカ,ノロ,アカシカ,ミュールジカ,ワピチ,ヘラジカ——が温帯地方全域で食物連鎖の頂点に立っているのだ。
ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.149-150
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