北米大陸をざっと見渡せば,中間捕食者が確かに解放されていることがわかる。ダコタ州のプレーリーの一画は,長く北米の「アヒルの養殖場」として知られてきたが,1980年代までにアカギツネがあひるの巣を一掃してしまった。イリノイ州の小さな森では,地面に巣をかける鳴鳥類がすべて,すさまじい勢いで消えつつあり,3倍に急増したアライグマとの関連が疑われている。大西洋沿岸の北から南まで,海岸でも林でもチドリが野良イヌやネコやカモメに追われていた。何千羽ものアジサシ,ハサミアジサシ,サギ,シラサギが,獰猛なアライグマやキツネのせいでコロニーごと消滅した。
大西洋を越えた先では,さらにすさまじいことになっていた。なかでも,サハラ以南のアフリカではヒヒが大量に増殖し,目に余る略奪を繰り広げている。コートジボワールからケニアまで,ライオンやヒョウがいなくなった広い地域を,ばけものじみたヒヒの集団が占領しはじめた。いつでもどこでも行けるようになったヒヒたちは,アフリカ1の作物泥棒兼殺し屋となり,人間の女や子どもを襲って食料を奪い,家を壊して侵入し,膨大な数の家畜や野生動物を殺している。ウガンダの被害のひどい地域では,子どもたちは学校から戻ると,畑や作物がヒヒに荒らされないよう見張り番をしなければならない。ヒヒたちは次第に肉を好むようになり,野生のレイヨウを襲いはじめた。その体をばらばらに引きちぎって食べるのだ。ヒヒたちの饗宴が終わるころ,ほかのサルの群れは全滅し,森中の鳥の巣が空っぽになっている。彼らはハイエナの獲物まで奪い取る。ライオンの牙が消えたアフリカは,新たな猛獣をその王に選んだのだ。
ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.184-185
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