公正を期して,もうひとつの,そして多数派の捕食者グループにも触れておこう。舞台は海のなかだ。最近の例をひとつ挙げれば,ノースカロライナ沖ではこの30年間でオオメジロザメ,イタチザメ,メジロザメ,シュモクザメが乱獲され,今残っているのはかつての1パーセントから3パーセントにすぎない。大型のサメが姿を消した結果,その獲物となっていた物断ちが桁違いに数を増やした。小型のサメやエイの仲間である。貝を好むウシバナトビエイは約4000万匹にまで増え,その大群が東部沿海の海底をさらうせいでハマグリやカキの水揚げが激減している。大型のサメが消えてエイがのさばるようになり,100年の伝統を誇るノースカロライナ州のホタテ漁は廃れた。
そして,科学界から発せられた不吉な警告を受け,世界中の漁師たちがサメを迫害しないことに同意した……というのは嘘で,実は正反対だ。違法漁業が横行する外洋では,毎年7300万匹もの大型ザメが捕獲され,ヒレだけを目当てに生きたまま切り刻まれている。フカヒレスープとなってアジアのお金持ちの腹を満たすためだ。陸上の大型肉食獣の未来を美意識ゆえに案じる人はいても,海中の大型肉食魚の顕著な減少を,美意識ゆえに気にしたり心配したりする人はほとんどいない。海は急速にウニやクラゲ,藻やバクテリア——食物連鎖の最底辺にいる微生物——に占領されつつある。海洋生物学者ジェレミー・ジャクソンはそれを,「スライムの台頭」と呼んでいる。現在,網をあげればクラゲばかりということが増えており,いずれは海はクラゲでどろどろになってしまう,と彼は心配している。
ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.287-288
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