なかには,長い年月にわたる進化の過程で肉食動物がどんな役割を果たしていたにせよ,その抜けた穴は最後に登場した全能の生物,すなわち人間のハンターによって十分埋められると考えたがる人もいる。ある種のスポーツマンと狩猟鳥獣を扱う団体はひとつ覚えのようにこう言う。「殺すのはわたしたちに任せろ。そうすれば,群れのバランスは保ってやろう」。ライフルを構えたハンターが森で最後の捕食者になる可能性があるのなら,まず人間に大型動物と同等のはたらきができるかどうかを調べておいたほうがいい。
確かなのは,今日人間が使う武器には,桁違いの殺傷力があるということだ。狩猟用の弓が射る矢は,秒速90メートルで飛ぶ。ライフルの弾の速度は音速の2倍から3倍だ。そのような銃弾と高性能の望遠鏡があれば,350キロ近いヘラジカを,400メートルの距離をあけて気づかれずに撃つことができる。極端な話,落とし穴と針金の罠をしかけておけば,寝ている間にゾウを殺すことさえできるのだ。
猛獣ハンターの嗜好を調べてみると,アフリカでも北アメリカでも同じような,それほど驚きもしない結果が出る。戦利品は立派なほどいいのだ。より大きく見栄えがよく,強そうなオス,つまり遺伝子集団の最上の部分をハンターたちは狙う。逆に肉食動物は,効率と自分の安全を考えて,幼いものや年老いたもの,脚が不自由だったり弱っていたりする獲物を襲う。また,スポーツとしてのハンティングは,数週間という狩猟シーズンが終わると,次の解禁日まで10か月から11か月の間,ヘラジカは好きなように川辺をうろついていいということになる。その間にシカは若木を食べつくし,茂みをぬかるみに変えてしまうだろう。また,ハイイログマのような死肉も食べる動物——コロラドにまだ残っていればの話だが——にとっては,春先に子どもに食べさせるものを見つけにくくなる。ハンターが横行する秋にしか動物の死骸が残されないからだ。
ウィリアム・ソウルゼンバーグ 野中香方子(訳) (2010). 捕食者なき世界 文藝春秋 pp.290-291
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