伝統的な科学観が大きく道を踏みはずすのは,科学の過程に焦点を置くあまり,科学者の動機や欲求といったものを考慮しないためである。科学者も一般の人々と特に異なるわけではない。研究室の入り口で白衣に身を固めても,彼らとて他の職業の人びとを駆り立てている情熱や希望,失敗といったものから免れることはできない。現代科学はれっきとした職業なのである。出世の足がかりは科学文献として公表された論文だ。成功するためには,研究者はできるだけ多くの(印刷された)論文を必要とし,政府の研究助成金を確保し,また,研究室を作り,多くの研究生を雇う源泉を作り出し,刊行物を増やし,テニュアー(終身在職権)を得るために努力し,褒賞を与える委員会の注目をひく論文を出さなければならない。そして,アメリカ科学アカデミー会員に選ばれ,いつの日にかストックホルムへの招待状を手に入れることを望むのである。
ウイリアム・ブロード,ニコラス・ウェイド 牧野賢治(訳) (2006). 背信の科学者たち:論文捏造,データ改ざんはなぜ繰り返されるのか 講談社 pp.30-31
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