19世紀の科学者たちの間で支配的だったデータへの思慮に欠ける態度について,1830年,コンピュータの前身である計算機の発明者チャールズ・バベジは,論文を著している。彼は『英国科学の衰退についての考察』の中で,多くの欺瞞のさまざまなタイプを分類し,「中でも“トリミング”というのは,平均値から大きなほうへずれている観測値のところどころを少しずつ削り取り,それらを小さすぎる観測値に付け加えることである」とも述べている。実証はしていないが,バベジは,時にはトリミングは,他のタイプの欺瞞よりも非難されにくいことをつきとめ,次のように述べている。「ご都合主義者の観測から与えられる平均値は,トリミングされようがされまいが同じであるからだ。トリミングの目的は,観測値の絶対的精密さへの評価を得ることにある。しかし,真理の尊重や,それに対する慎重な配慮によって,自然から得られる事実を完全にねじ曲げはしないものである」。
バベジによれば,トリミングよりも悪質なのは彼が“クッキング”と呼ぶものであり,今日では選択的報告として知られている行為だった。「クッキングはさまざまな形態からなり,その目的は極めて高い正確さを装った外見や性質を通常の観測値に与えることである。そのための数多くある方法の1つは,多数の観測値をつくり出し,それらの中から合致するか,きわめて近似の値を選択するものだ。もし100の観測が行われたとして,その中から満足なものが15か20しか選び出せない場合は,その料理人には不運なことに違いない」。
ウイリアム・ブロード,ニコラス・ウェイド 牧野賢治(訳) (2006). 背信の科学者たち:論文捏造,データ改ざんはなぜ繰り返されるのか 講談社 pp.47-48
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