自己欺瞞と欺瞞との間には意思決定の上で大きな違いがある。自己欺瞞は無意識であるが,欺瞞は故意によるものだ。とはいえ,それぞれは,たとえて言えば,実験者自身にさえはっきりわからない動機を含んだ行動が,その中心部分の領域を占めるスペクトルの帯の両端に位置しているとするのがより正確であろう。科学者が研究室で行う測定にはたいてい判断という要因が入り込む。実験者はある外的な要因を埋め合わせるために,ストップウォッチをいくらか遅らせて押すかもしれず,“違った”答えが出た場合には,その答えを技術的な理由から否定するのだと自分自身に言い聞かせる。このようなことが繰り返された後,都合のよい“正しい答え”の割合が増し,統計的な有意性が得られることになるのだ。公表されるのは当然“受け入れられる”データだけである。つまり,実験者は自分の実験を立証するためにデータを選ぶが,それは意識的なごまかしと言えないまでも,部分的に操作されたものなのだ。
ウイリアム・ブロード,ニコラス・ウェイド 牧野賢治(訳) (2006). 背信の科学者たち:論文捏造,データ改ざんはなぜ繰り返されるのか 講談社 pp.169
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