あるいは,聖書の暗号がいい例だろう。昔から伝わるいくつかの説によれば,神自身が語ったとされるヘブライ語の『旧約聖書』の「創世記」には暗号が含まれていて,それを解読すれば,人類への新たなメッセージが数多く現われるという。片田舎の廃れた修道会に属する学者にとって,本文中のスペースや句読点を飛ばして,文字だけを規則的に並ぶ文字列だと考え,暗号に隠されたパターンを見つけ出そうという試みは,長いこと名誉ある仕事とされてきた。聖書に含まれる文字のおびただしい数と,ヘブライ語では記述するさいに母音が記されないことを考えればまあ当然だが,調べているうちに偶然に一致する言葉のパターンがたびたび出てきて,そこに重要な意味があると考えられたのである。
コンピュータサイエンスによって,この難解な手順がいっそうわけのわからないものになるどころか,文字列を分析するスピードと方法の種類が増し,暗号解読の作業全体ががらりと変わった。左から,右から,あるいは縦に,斜めにと単語を読み取ることができるようになったほか,等距離文字列法という手法を使って,本文中の文字を同じ文字数ずつ飛ばしながら順に拾うと単語が浮かびあがった。イスラエルの著名な数学者エリヤフ・リップス教授によるコンピュータを使った研究では,有名なラビの名前と出生地といった概念的に関連のある単語が隣りあって配置されているという驚くべき事実が見つかった。暗殺されたイスラエルのイツァーク・ラビン首相の名前が,死について記している箇所の隣に位置し,また縦に並んだ「ケネディ」の文字を,「暗殺するであろう暗殺者」という句が横切っていたのである。こうした発見は,何か予言めいたものを感じさせた。
マーティン・プリマー,ブライアン・キング 有沢善樹(訳) (2004). 本当にあった嘘のような話:「偶然の一致」のミステリーを探る アスペクト pp.41-42
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