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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   

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浴槽の歴史はウソだが

 1917年12月28日,毒舌で知られる批評家H.L.メンケンは,浴槽がたどった数奇な歴史についての一文を《ニューヨーク・イブニング・メイル》に発表した。メンケンによれば,アメリカにはじめて浴槽が登場したのは1842年12月10日だが,国民はこの新しい習慣を導入するのに消極的で慎重だったという。医者は公衆衛生に害があると非難した。多くの市で浴槽の使用を禁止する条約が可決された。状況が打破されたのは,1850年代にミラード・フィルモア大統領がホワイトハウスに浴槽を設置してからだ。大統領の後ろ盾を得て国民感情が好転すると,浴槽はたちまち普及した。
 この話には落ちがある。浴槽の歴史はまったくのこしらえ事だった。メンケンもただちに読者からはったりを暴かれるのを待っていた。
 ところが,正反対の反応が起こったのだ。偽の歴史は野火のごとく国中にひろまり,あちこちで言及された。公衆衛生の歴史についての学術誌にも転載された。1926年には,フェアファックス・ダウニーという男が作り話をほとんど引用して,浴槽の歴史を大まじめにつづる始末。メンケンはうろたえた。種明かしの記事を何度も書き,作り話がそれ以上広まるのを食い止めようとしたが無駄だった。浴槽の歴史はすでに生命を得ていた。メンケンは悄然として「アメリカの国民はなんでも鵜呑みにしてしまう」と記事を結んだ。
 ミラード・フィルモア大統領が浴槽を採用したという作り話に敬意を表して,ニューヨーク州モラヴィアでは1975年から毎年,町の目抜き通りで”浴槽レース”が開催されている。レースはフィルモア記念日と呼ばれる祝典の余興のひとつだ。

アレックス・バーザ 小林浩子(訳) (2006). ウソの歴史博物館 文藝春秋 pp.146-147.
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