PTSD(外傷後ストレス障害)は,手あかのついた病名になってしまいました。芸能タレントやマスコミの一部,さらには精神医学,心理学の関係者までが,この病気を「誤用」「悪用」したため,胡散臭さが付きまとうようになりました。
PTSDとは,災害,戦争,犯罪などにより危うく死に至るような出来事を体験した結果,何度もその場面を想起するとともに(これをフラッシュバックという),不安や恐怖感が持続し,睡眠障害,集中困難などがみられる疾患です。またきっかけとなった出来事と関連した場所などを避けるようになります。
PTSDを引き起こす侵襲的な出来事を体験すると,まず「情動麻痺」という症状がみられ,現実感を喪失し感情を失って茫然とした様子となります。外部からの問いかけに対しても,ほとんど反応を示さないこともあります。この状態を「急性ストレス障害」と呼びますが,このような状態が数日から数週間持続した後に,PTSDに移行することが一般的です。
元来のPTSDは,戦争と関連して出現した疾患です。二度の世界大戦から,戦争が人間の精神を破壊することが明らかになりました。それは「戦争神経症(シェルショック)」と名づけられました。現在でもPTSDのもっとも重大な原因は戦争とテロです。
これに対して日本においては,PTSDの概念は「卑小」な形で拡大解釈されました。「親からいつも叱られていた」「恋人から怒鳴られた」という程度の体験を「トラウマ」であると主張し,自らPTSDであると主張して精神科を受診する人は少なからずみられます。また一部の精神科医や心理士は,患者の生活史の中の「トラウマ」探しに熱心でした。
岩波 明 (2011). どこからが心の病ですか? 筑摩書房 pp.100-101
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