こんな言い方をしてもわかりづらいと思うので,語源の説明を交えて解説しよう。これは手書き本であり,より専門的にはコーデックスと呼ばれる手書きの冊子写本だ。写本は手書き(マニュスクリプト),つまりラテン語のmanu(手によって)とscriptus(書かれた)を語源とし,すべて人の手によって書き写されたものである。印刷本と大きく異なるのは,ひとつの版として大量に印刷されたうちの一冊ではないという点だ。同じものはほかにない。別の写本に同じ文章の一部が収録されていることはある。この時点で私が自信を持って言えたのは,ギリシャ語で書かれたアルキメデスの『方法』,『ストマキオン』,『浮体について』が収められた写本はほかにないということだ。つぎに,この写本がパリンプセストであること。これはギリシャ語のpalin(再び)とpsan(こする)から派生したことばで,その本を書くにあたって使われた羊皮紙が,少なくとも一度はこすり取られたという意味だ。のちほど説明するが,羊皮紙は動物の皮を削って作る。すでに本になった羊皮紙を再利用したければ,新たに文字を書く前に皮をもう一度削り,元の文字を消す必要がある。このパリンプセストは百七十四のフォリオ(紙葉)からなる。フォリオの語源はラテン語のfolium(葉)。フォリオは表(レクト)と裏(ヴェルソ)とに呼び分けられ,現代のページ番号と同じ役割を果たす。この写本のフォリオには1から177まで番号がつけられているが,不可解なことに3つの番号が欠けている。ミスター・Bがこの不足を承知していればいいのだが。
リヴィエル・ネッツ,ウィリアム・ノエル 吉田晋治(監訳) (2008). 解読!アルキメデス写本:羊皮紙から甦った天才数学者 光文社 pp.31-32
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