問題は,アルキメデスほどの著名人になると,どうしても伝説がつきまとうことだ。史実と伝説をどう区別すればいいのか,歴史学者が悩むのはそこのところだ。19世紀までは,古代の物語を実話として受け入れるのがあたりまえだったが,その後は懐疑論が優勢になった。今日の歴史学者が慎重すぎるのかもしれないが,わたしたち歴史学者はアルキメデスについて言われていることをやたらに否定してかかるきらいがある。ほんうに「ヘウレーカ(わかった)」と叫んだのだのだろうか。私自身もこの逸話は疑っているのだが,それには理由がある。最もよく知られたウィトルウィウスによるもの(最も古いものでもある)を見てみよう。書かれた時期と著者からして,すでに疑問の余地がある。アルキメデスの死後およそ二百年たって書かれたものであり,著者のウィトルウィウスは,歴史家としてはそれほど信頼できる書き手ではない(そもそも,この本は建築の手引書で,興趣を添えるために歴史上の逸話が入れてある)。
リヴィエル・ネッツ,ウィリアム・ノエル 吉田晋治(監訳) (2008). 解読!アルキメデス写本:羊皮紙から甦ったバンドの音楽が天才数学者 光文社 pp.58-59
PR