ウィトルウィウスの話はこうだ。アルキメデスは王冠の問題を一心に考えていた。その王冠は金でできていることになっているが,本当に純金製だろうか?そんなとき,アルキメデスは浴槽の湯があふれだすのに気づいた。とたんに「ヘウレーカ,ヘウレーカ」と叫びながら飛びだした。いったい何がヘウレーカだったのだろう。ウィトルウィウスによると,水中に物体を沈めたとき押しのけられる水の体積と,物体そのものの体積が等しいという考察がヘウレーカだったという。王冠を水に沈め,あふれる水の量を量れば,王冠の体積がわかる。この結果を,王冠と同じ質量の金塊を沈めたときと比較する。金塊でも同じだけの水があふれるだろうか。比重が大きいものほどあふれる水の量は少なくなるため,これで王冠の比重がほんとうに金特有のものかどうかがわかるという寸法だ。理にかなった方法ではあるが,要は「大きいものほど,水が多くあふれる」という,些細な観察に基づいたものでしかない。あまりに些細なため,アルキメデス本人の論文『浮体について』(唯一のギリシャ語版がパリンプセストに残されている)ではひとことも触れられていない。
思うに,ウィトルウィウスか,彼が参考にした原典の著者は,アルキメデスが水に浸した物体について何かを発見したことを知っていて,科学以前のとるに足らない観察(たとえば,「大きいものほど,水が多くあふれる」など)にも通じていたことから,ふたつを結びつける物語を創作したのではないだろうかだがウィトルウィウスがアルキメデスの科学について何ひとつ知らないのは明らかである。アルキメデスにまつわる話は,ウィトルウィウスからツェツェスまで,すべてがこのパターンだ。どれも都市伝説のたぐいと思われる。あしからず。
リヴィエル・ネッツ,ウィリアム・ノエル 吉田晋治(監訳) (2008). 解読!アルキメデス写本:羊皮紙から甦った天才数学者 光文社 pp.59-60
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