冊子写本の伝播は緩やかだった。1世紀に登場したものの,ある程度まで普及したのは4世紀末である。それほどの年月を要したことに,わたしは驚きを禁じえない。冊子本の長所は,情報を巻物のような二次元ではなく三次元で記録できるところだ。巻物には縦と横しかないが,本には厚みがある。厚みがあることで,横幅がそれほど必要なくなる。横幅約15センチメートルで200葉(400ページ)の本は,縦の長さが同じ巻物60メートル余りと同じデータの収容が可能である。また冊子本の1葉はごく薄いため,本に厚みを持たせれば横幅はかなり削ることができる。さらに,巻物にしたためられた情報を拾うためには横幅に沿って延々とたどらなくてはならないが,冊子本ならその手間は省かれ,数センチメートルの厚みを掘りさげるだけですむ。巻物を広げていくのとページをめくっていくのとでは大きな差がある。たとえば,アルファベット順に項目が並ぶ目録を読んでいくとき,Aの“アルキメデス”を拾うのは問題ない。けれどZの“ゼノン”はどうだろう。冊子本なら最後の方のページを繰って読み,用が済んだら閉じればいいが,巻物の場合にはゼノンについてのたった数行を読むためにほとんど終わりまで広げ,また巻き取らなくてはならない。もちろん,実際にはそんなことにならなくなった。目録がどれだけ長かったとしても,そんなふうには作らなかったはずだ。だからこそカリマコスの蔵書目録は120巻にもなった。冊子本として写しが作られることがあれば,120巻よりはるかに少なくなっただろう。
リヴィエル・ネッツ,ウィリアム・ノエル 吉田晋治(監訳) (2008). 解読!アルキメデス写本:羊皮紙から甦った天才数学者 光文社 pp.109-110
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