だが,「あなたがやりたいことは何ですか?」という質問は,そういう意味から来るものではない。あなたの職業的なアイデンティティは何ですか,と問うているのではない。キャリア・ゴールを聞いている質問ではないのだ。その人間が「かつてない局面におかれたときに,自分の頭で自律的にものを考え,判断し,目標を設定し,やりきることのできる人間か」を問うための質問なのだ。
多くの大学生は,そんな企業の腹のうちは分からない。「やりたいことは何ですか?」と問われたら,その額面通りの意味として受け止め,自信の思いの丈をぶつけるしかない。そして,内定をもらえたならば,その思いを評価して受け入れてくれた,と思い込むのだ。一橋大学キャリア支援室のシニアアドバイザー・高橋治夫氏は,こう語っている。
「内定をもらって喜んでいる学生に言うんですよ。面接の時に言った内容が評価されたと思うなよ,と。今の学生はそう思い込んでいるのんです。自分の意志や考えが評価された,そして,それをやらせてくれるものだと思い込んでいるんです」
多くの企業は,大学生に職業的なアイデンティティの確立を望んでいるわけではない。やりたいことを決め,その道に進むと決めた,という学生を採用したいと思っているわけではない。だから,選考時に問われた「やりたいことは何ですか?」という質問に対する答えは,その学生を採用するかどうかの判断材料ではあっても,その学生が入社した後にどんな仕事をしてもらうか,の判断材料にはならないのだ。
豊田義博 (2010). 就活エリートの迷走 筑摩書房 pp.102-103
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