さらに重要な役割を果たしたのが録音だ。「わずかな音で座頭市に何かを気づかせる。その音作りには苦労しました」と振り返るのは,録音技師の林土太郎。盲目の座頭市は聴覚を頼りに相手との距離感を測り,その上で動く。そのため,そうした音の世界を,「座頭市に聞こえるまま」に自然に観客に伝えなければ,座頭市というキャラクターからリアリティは失われてしまう。大きな音を聞かせては座頭市の感覚の鋭さが観客には伝わらないし,小さくすると観客からは聞きにくい。
「何に凝ったか分からんほど,何から何まで凝りましたよ。脚本を読んだ時に,自分が座頭市になった気持ちになって,この音なら大丈夫,この音はアカンと思いながらやりました」
そして林は足音だけで登場人物が分かるような音作りを心がける。足音を聞いて「こいつらは誰だ」「こいつは怪しい」ということを座頭市,ひいては観客に直感させるためだった。そこで林は,「一度使った音は二度と使わない」という原則で臨んだ。一度使った音しかない場合でも,再生の回転スピードを変えたり逆回転にするなどの工夫をして,できるだけ新しい音を作っていく。車のブレーキ音を逆回転にして座頭市が驚くシーンの効果音にしたこともあった。
春日太一 (2010). 天才 勝新太郎 文藝春秋 pp.77-78
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