座頭市と一体化してしまった勝は,作品世界の全てを自分の考える方向へもっていこうとする。それでも誰かしら監督が現場にいれば,多少なりとも押さえにはなっていた。だが,勝自らが監督としてクレジットされている場合はそうはいかない。時には勝が監督し,時には座頭市が監督する,混沌の現場がそこにはあった。
座頭市の紛争をした勝監督が,カメラの後ろから役者たちの芝居をチェックしていた。と,突然,あることに気づいて叫び出す。
「おい!座頭市はどこだ!座頭市がいないぞ!」
勝の言葉に一同,唖然とする。その様子に,勝は思わずガラスに遷った自分を見て,初めて我に返る。
「あ……座頭市はオレか」
みんな,それを勝一流のジョークと思って笑った。が,それは決して洒落ではなかった。
勝は,現場で自分が「勝新太郎」なのか「座頭市」なのか,分からなくなっていた。事実,このころ,勝が自ら監督をする時,座頭市を撮り忘れることが多かった。作品世界は,座頭市と一体化した勝新太郎の視線からのもの。勝のイメージする映像の中には座頭市はいない。座頭市はカメラの後ろ側ですべてを見つめているのだから。
春日太一 (2010). 天才 勝新太郎 文藝春秋 pp.183-184
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