コストを下げることはもっと微妙な問題だった。いったいどうやって高級ブランドが,生産コストを下げながら高品質を保っていくのか?結論から言うと,そんなことはできなかった。そこで彼らは譲歩せざるをえなかった。収益増の名のもとに——もっとあからさまに言えば,貪欲さゆえに——高級ブランド各社は,本来完璧さを追究すべき品質で妥協を始めたのである。
ある複数の企業は,既製品の製造コストを切り詰め始めた。
「90年代の中ごろ,仮縫いをしていたらCEOが入ってきて『女性は裏地なんか本当は必要としていないんだよ』と言ったのを覚えています」大手高級ブランドの元アシスタントは私に教えてくれた。まもなく,裏地なしが業界のスタンダードになった。
「裁断した布地の始末をやめて切りっぱなしにしたのは,日本の前衛的デザイナーがデザインのおもしろさから始めたものの名残だと思うけれど,実際には生産コストを簡単に減らせるからでしょう」と別のアシスタントも言った。
「裏地と端の始末をやめることで,どれだけ時間とコストが節約できるか。ドレスやジャケットなどの外衣では,本体と裏地の両方を合わせて縫製し,表側からアイロンをかけ,裏返して裏地のほうからもアイロンをかけて,裏地が外れないように補正して縫うという工程が必要になります。切りっぱなしでいいなら,裁断して終わりです」
ダナ・トーマス 実川元子(訳) (2009). 堕落する高級ブランド 講談社 pp. 209-210
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