さらに高級ブランドがコスト削減をはかる箇所は,他の業種とまったく同じだ。人件費である。もっとも安価で,もっとも豊富な労働力が得られるのは中国だ。中国の労働者に高級ブランドの品質基準を満たす能力があるとコーチが証明するやいなや,数社のブランドが中国に生産の一部を移転した。コーチと同様,最初はクラシックでベーシックなレザーグッズの生産から始めた。技術力を確かなものにするために,イタリアのある大手高級ブランドは本国からレザーグッズの職人を1チームに送りこみ,中国の労働者を指導させた。やがて,目論見がうまくいくごとに,ブランド各社はどんどん大胆になり,注文量を増やし,他のブランドも大挙して中国で生産するようになった。2006年までには,消費者に知らされないまま年間何十万個という高級ブランドのバッグ,化粧ポーチ,肩掛け鞄が中国で生産されるようになっていった。
ただし,中国であることを認める高級ブランドはまずない。イタリアの小規模レザーグッズ・メーカー,フルラは,2002年に財布といくつかのバッグの商品ラインを中国で生産することにしたと公表した。2004年に香港で開かれた会議では,「ヨーロッパの職人だけが一流品をつくれる」とベナール・アルノーは公言したが,LVMH傘下のセリーヌは,マカダムの商品ラインのデニムとレザーのバッグを,翌年から中国で生産し始めている(内側には茶色のレザーのタグが入っていて,製品がパリでデザインされ,「品質とディテールに細心の注意を払って中国で手作りされている」と書かれている)。
ダナ・トーマス 実川元子(訳) (2009). 堕落する高級ブランド 講談社 pp. 211-212
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