真言宗では「阿」から始まる「阿字観」という瞑想を行って宇宙が生じる瞬間を体験し,そして最後に「吽字観」で,再びこの宇宙が収縮し種子となることを瞑想する。
曼荼羅ではこれを「胎蔵界」と「金剛界」と呼ぶが,つまるところ,これこそが空海が目指した「即身成仏」の根本の思想だったのである。
はたせるかな,五十音図は,「ア」からはじまり「ン」で終わる発音の世界を図で示している。
それぞれの文字は,ただ日本語の発音を単に表記の指標として示しているものと言うこともできるだろう。しかし,それぞれの音は,発音だけでなく,それを組み合わせることによって,言葉で森羅万象を描くことのできる種を内包して存在する。
仏教は,常に変化して已まない現象を凝視することによって,変化しないものがあることを知るという哲学である。
空海が著した『吽字義』は,これを真言という言葉の世界に当てはめて明らかにしようとした書物であったのだ。
山口謠司 (2010). ん:日本語最後の謎に挑む 新潮社 pp.75-76
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