目的論を避けて目的を求めると,言い換えにすぎない説明が生まれる。その例に「人間原理」がある。現在の物理学において,電子の電荷,光の速度,プランクの定数などの基本定数が現在の価から少し異なると,あるいは,基本定数の値は同じであってもビッグバンを起こした真空のエネルギーが少しでも異なると,宇宙がまったく違ったものとなり,人も発生しないことがわかっている。そこで,宇宙はなぜ現在見られるような存在なのかという問いが生まれ,これへの答えとして人間原理が唱えられた。これには,弱い形と強い形の2つがある。弱い形では次のように説明する。空間的時間的に広大無辺な宇宙において知的存在が生まれるような条件は極めて限られた領域にしかない。その領域にいる知的存在はそれが存在する条件を満たしている宇宙を見るのは当然である。たとえば,宇宙が138億年前にビッグバンで始まったのは,知的存在が生命の発生とその進化により現れるのに138億年かかったからである。太陽系が46億年前に生まれたのも同じ理由である。強い形ではもっと踏込む。なぜ宇宙が現在のような存在か。もし違っていたら人間が存在しなかったからである。
現在では,人間原理を科学的成果とする人はいない。
市川惇信 (2008). 科学が進化する5つの条件 岩波書店 pp.41
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