伝統的な科学観からすれば,科学は真実を追求するものであるから,反表形学派の言い分はまことにもっともなように思えるだろう。ところが流行している科学の分野をみわたすと,ほぼ例外なく方法論的同一性を有していることがわかる。すなわち,一定の順序を踏みさえすれば誰にでもとれるデータ。データを解析するためのマニュアル。解析結果を解釈する体系。私にしかできない名人芸などは科学にとって無縁なものなのである。世間では科学者と独創的という2つの語は,なんとなく相性がよいように思われているらしいが,人並みの科学者として成功する秘訣は,何よりもまず非独創性なのである。もちろん,独創的な科学者もいるにはいるが,それは大科学者かおちこぼれのどちらかである。
独創性を発揮して大科学者になるためには現在流行している方法論的同一性を別の方法論的同一性に変革しなければならない。事の定義からして,すべての科学者が独創的な大科学者になる事はできない。なぜなら,すべての科学者が別々の方法論的同一性を主張すると,そもそも,一般的な方法論的同一性が成立せず,その分野は科学と認められなくなってしまうだろうから。
池田清彦 (1992). 分類という思想 新潮社 pp.98-99
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