では,いったい人間はどの能力において戦えばよいか,というと,コンピュータが苦手で,しかもその能力によって労働の価値に差異が生まれるようなタイプの能力で戦わざるをえないのです。
コンピュータは知識を蓄積したり,手順どおりの作業をしたり,大量データから傾向をつかみとることが得意です。つまり,暗記と計算とパターン認識を最も得意とするのです。一方で,脳の働きのうち,論理と原語を駆使して高度に思考し表現する仕事は苦手です。また,人間の多くにとって容易な,見る・聞く,感じるなどの五感を使った情報処理も比較的苦手です。
身体性を必要とするような職業は,知的な作業部分よりも,むしろ,見る・聞く・感じるなど人間が無意識かつ連続的に行っている情報処理の部分がネックになり,ロボットによる代替は当面は難しいでしょう。どちらかというと,このような無意識下での連続的情報処理は人間が行い,それを言語による命令やレバーの操作,あるいは脳からの直接的な信号によって機械に伝えて作業を行うほうが早道だろうと思います。つまり,身体性を要求するような職業分野では,人間と機械となんらかの方法によって合体させるパワードスーツやアンドロイド,さらにはサイボーグのほうが大きな意味を持ってくると考えられます。
一方,身体性を必要とせず,また直接に生産活動に携わらないホワイトカラーの仕事は,コンピュータの本格的な登場によって,上下に分断されていくことでしょう。つまり,人間であれば多くの人ができるがコンピュータにとっては難しい仕事と,コンピュータではどうしても実現できず,人間の中でも一握りの人々しか行えない文脈理解・状況判断・モデルの構築・コミュニケーション能力等を駆使することで達成できる仕事の2種類に,です。
新井紀子 (2010). コンピュータが仕事を奪う 日本経済新聞出版社 pp.190-191
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