このように激しい勢いで事態が進展していったため,遺伝子の本当の機能を冷静に振り返ろうとする多くの人の意見は,ほとんどかき消されてしまった。興奮が収まったいまになって都合よく冷静さを呼びかける人も(フランシス・コリンズなど)いるにはいるが,騒ぎが始まったばかりのときからそう主張していた人もたくさんいた。彼らは論理的で科学的な事実にもとづいて,当時の論調を支配していた単純すぎる考え方に疑問を投じる主張を掲げていた。そうした批判派の一人が,自らも分子革命において初期の中心的役割を果たした分子生物学者のガンサー・ステントだった。ステントは,カール・セーガンが半ば本気で言った,ネコのDNAを別の惑星のエイリアンに送ってやればネコそのものを送ってやるのと同じだという意見に強烈に反論し,それならエイリアンは「地球の生命について,単なるDNAと……タンパク質のアミノ酸配列との型通りの関係だけでなく……それ以上のことを相当よく知っていなければならないだろう」と断じた。たしかにエイリアンがネコのDNAを使ってアミノ酸とタンパク質を合成できるだろうと私たちが勝手に思ったとしても,彼らの手元には(せいぜい)タンパク質が乱雑に積み重なったものしか残らないだろう。
マーク・S・ブランバーグ 塩原通緒(訳) (2006). 本能はどこまで本能か ヒトと動物の行動の起源 早川書房 pp.72-73.
PR