予想はつくかもしれないが,遺伝要因と環境要因の境界線は,複雑さの度合いが増すにつれてさらにあいまいになる。今度はフェニルケトン尿症(PKU)を考えてみよう。これは「遺伝病」の古典的な一例だが,単純な環境の調節で避けることができる。問題となる遺伝子は,アミノ酸フェニルアラニン(合成甘味料ニュートラスイートの主要成分)を分解する肝臓酵素,フェニルアラニン水酸化酵素(PAH)をコードする。PAH遺伝子の2つのコピーに欠損を抱えて生まれてきた子どもは,体内にフェニルアラニンが蓄積するため,結果として他のアミノ酸が脳に送られにくくなる。アミノ酸が不足して,最終的にはタンパク質が足りなくなるため,脳の正常な発達が妨げられ,精神遅滞が生じる。この一連の事象はあらかじめ定められた避けられない流れのように見えるが,決してそうではない。フェニルケトン尿症の幼児にフェニルアラニンを含む食物を摂らせなければ,簡単に防ぐことができる。さらに,いったん脳の発達が完了してしまえば,ふたたびフェニルアラニンを含む食物を摂りはじめても,なんら影響はない。こうした発見にもとづいて,分子生物学者のマイケル・モレンジは,食生活にフェニルアラニンが含まれていた場合にしかフェニルケトン尿症が発症しないなら,この典型的な遺伝病はむしろ環境病と呼ぶべきなのではないかと疑問を投げている。実際,その観点からすると,発症に必要な環境条件がそろわないために存在を知られていにだけで,フェニルケトン尿症のような病気がほかにどれだけあるのかという疑問がわいてくる。おそらくそうした病気のうちのいくつかは,いずれ私たちの子孫が新しく植民地化した惑星の根本的に異なる環境にさらされたときに発症するだろう。
近年の研究を見ると,フェニルケトン尿症から学ぶべき点はさらに多い。たとえば,あるフェニルケトン尿症の女性は,乳幼児期に低フェニルアラニン食によって治療に成功し,おとなになった現在は通常の食生活を送っている。ただし,彼女はいまでもPAH遺伝子が欠損しているので,摂取したフェニルアラニンを分解できないため,もはや無害だとはいえ,このアミノ酸の血中濃度そのものはきわめて高い。無害と言ったが,それは彼女にとってという意味である。なぜならこの女性が妊娠すれば,フェニルケトン尿症ではない正常な胎児が,彼女の子宮のなかでフェニルケトン尿症の幼児と同程度のフェニルアラニン血中濃度にさらされるからである!つまり,遺伝子は違うのに,結果は同じとなって,過剰なフェニルアラニンによる精神遅滞が引き起こされるのだ。それぞれの場合で原因をどこに求めればいいのだろう?ダグラス・ウォルステンがこの難題をうまく言い表している。すなわち,フェニルケトン尿症は環境上の障害によって脳の発達を阻害する遺伝病なのか,それとも母体の遺伝子の欠損から生じる環境上の障害なのか?境界線はぼやけていく一方である。
マーク・S・ブランバーグ 塩原通緒(訳) (2006). 本能はどこまで本能か ヒトと動物の行動の起源 早川書房 pp.88-89.
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