1950年代末に,人里離れたシベリアのノボシビルスクという町で,ドミートリイ・ベリャーエフは40年にわたって続く実験を開始した。遺伝学を修めていたベリャーエフは家畜化のプロセスを再現することに関心を寄せ,犬と非常に近いが家畜化はされていない種で,それをやってみることにした。選ばれたのはギンギツネである。実験はベリャーエフの死後も続き,15年後の1999年までに,研究グループは4万5000匹のキツネを繁殖させ,30世代以上にわたる交配の結果,100匹ほどの人なつっこいキツネを生み出していた。リュドミラ・トルットによれば,この「家畜化された少数精鋭(エリート)」のキツネは尻尾を振り,甘えるように鳴き,「積極的に人間との接触を確立しようと,くんくん鳴いて人の関心を引いたり,実験者に対してにおいを嗅いだりなめたりと,イヌのようなことをする」という。
だが,この前例のない繁殖計画がもたらした結果は,凶暴性のある祖先から従順な動物が生まれたというだけではなかった。家畜化のプロセスは,同時にさまざまな特徴を生み出し,その多くは,イヌやウマやウシなど,他の種の家畜化においても見られるものだった。たとえば直立していた耳はだらりと垂れ,尾は巻き上がり,毛皮の色はただの一色からまだらへと変わり,色素の沈着している部分としていない部分が入り混じるようになった(白黒のボーダーコリーもその一例である)。変化はその他にも数多くあった。家畜化されたエリートキツネは頭が小さくなり,鼻先が短くなり,性的成熟に達するのが1ヶ月ほど早くなり,一度に生む子の数が増え,さらにホルモン生成や脳神経科学の面でも違いを示す。
どうやってベリャーエフらはこれだけ多くの---身体構造,心理,行動の---変化を,たった40年で引き起こせたのだろう?頭の小さいキツネ,耳の垂れたキツネ,尾の巻き上がったキツネ,皮膚に色素が沈着していないキツネだけを繁殖させたのだろうか---違う。それなら早く性的成熟に達するキツネだけを繁殖させたのか---それも違う。それならキツネを独特の方法で訓練したとか,人間やイヌがそばにいるところで育てたのだろうか---それも違う。彼らがやったことはただ1つ,毎月1回キツネの子をテストするだけだった。「子ギツネが生後1ヶ月に達すると,実験者が自分の手から食物を差し出しながら,同時に子ギツネをなでて手なずけようとする・……テストは毎月,子ギツネが生後6ヶ月か7ヶ月になるまで続けられる」。そのたびにキツネの子は「馴れ度」を採点され,やがて高い得点を出したキツネだけが繁殖を許される。つまり,このたった1つの行動にもとづく選択だけで,先程述べたような数々の変化が生み出され,それとともに家畜化されたキツネができあがるのだ。
マーク・S・ブランバーグ 塩原通緒(訳) (2006). 本能はどこまで本能か ヒトと動物の行動の起源 早川書房 pp.296-299.
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