この研究をさらに進めて,実際には経験していないことを経験したと思わせる実験も行われた。最近では,ヴィクトリア大学ウェリントン校のキンバリー・ウェイドらによる実験で,この暗示のパワーの強さが示された。ウェイドは,「なぜ人は子どもの頃の出来事を思い返すのか」という実験をすると称して,家族を一人,実験協力者としてリクルートしてくるよう,20人に頼んだ。さらに,その家族が子どものころの写真を,当人には内緒で4枚持ってきてもらい,そのなかの1枚を気球の写真と合成して,協力者が気球に乗っている写真をでっちあげた。左ページに示すのが,オリジナルの写真と合成写真の例である。あとの3枚は,誕生日パーティ,海水浴,動物園など,協力者が子どものときに本当にあった出来事の写真だ。
2週間のあいだに3回,協力者に面接した。各回とも,3枚の本当の写真と偽の気球旅行の写真を見せ,そのときの体験をできるだけくわしく話してくれるよう頼んだ。1回目では,ほとんどの協力者が本当の出来事についてくわしく思い出し,3分の1ほどが行ったはずのない気球旅行のことを「覚えている」と言い,なかにはかなりくわしく話す人もいた。それから,「家でもっと思い出してきてください」と言って協力者を帰した。3回目の最終面接になると,半数が気球旅行を思い出し,その出来事を多少なりともくわしく語る人が多かった。
リチャード・ワイズマン 殿村直子(訳) (2008). Qのしっぽはどっち向き?:3秒で人を見抜く心理学 日本放送出版協会 pp.91-92
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